書籍『人は神』から〈第八章 死後、貴方はどこの境域に入ると思いますか〉の感想をご紹介

人は神 ワンネス・ブック シリーズ 3
人は神
桑原啓善
¥1,200+税 2017.6.20(新装版)

 

この『人は神』の書籍は、桑原啓善(ペンネーム:山波言太郎 やまなみ げんたろう)が、スピリチュアリズムを学ぶために集まった人々を対象に話した講話の集成です。

 

この講話は一部をビデオに記録しており、「第八章 死後、貴方はどこの境域に入ると思いますか」の基になった講演ビデオを、桑原啓善ビデオ会(タイトル:「死後、貴方はどこの境域に入ると思いますか」)として全国で開催しました。
このビデオ会に参加された方々からいただいた感想の一部と、「第八章 死後、貴方はどこの境域に入ると思いますか」の本文を一部ご紹介します。

 


まず、「第八章 死後、貴方はどこの境域に入ると思いますか」の本文を一部ご紹介します。

死後、貴方が入る世界はどこ?

 

 死後、人は地獄とか極楽に入ると仏教では教えます。キリスト教でも、天国・煉獄・地獄のいずれかに入ると説きます。心霊研究でも、大別して神界・霊界・幽界があり、人は死後そうした世界に入ることが分かっています。では、皆さんは自分はそのうちのどれに入るとお考えですか。
 そんなこと、ずっと先のことだと、お若い方はお考えでしょう。いや年輩の方でも、死後よりまず現実が大切なのだ、そんな悠長な暇はないと、おっしゃるかもしれません。しかし、皆さんは現に、今その三つの、ないし二つの世界の、どれかに住んでおられるのですよ。
 そんな馬鹿な、と思われるかもしれません。しかし、現にそうなのです。何をやってもうまくいかない、次から次へと失敗の連続だ、という方は、あるいは地獄に住んでおられるかもしれません。また、どうもうだつが上がらない。良いことがあるかと思うと悪いことが起こる。自分ではけっこう真面目にやってるつもりなのに、人生ままならぬとぼやいてる方は、おそらく幽界の住人です。
 なぜそんなことが言える? と反問されるかもしれません。それはこうです。人は肉体は物質界に住んでいながら、実は魂はあの世に住んでいるのです。幽体離脱? いえ、そういうことではありません。たしかに、私達の魂はこの肉体にピタリと付着したまま物質界にあります。しかし、四六時中、霊の群にとり囲まれて生きています。ある人は地獄霊の集団にとり囲まれています。ある人は幽界の霊と交流ばかりしています。また、ある人は守護霊や指導霊や善霊の群と密着して活動しています。
 単に、霊の集団に人はとり囲まれているだけではありません。その人が、これは「私の気持ち」「私の考え」と思うその本人の思想や意志の中に、それらの霊の影響が多分に入り込んでいるのです。人の思想や意志は、その人をとり囲む霊との合成物です。このことは現在の科学ではまだ分かっていないので、人は案外平気でいますが、実はこの事実を知るとき、人間とは恐ろしいものです。いいえ、うっかり出来ないものです。たとえば、今日皆さんはこの会場へ話を聞きにおいでになった。それは「行ってみよう」と自分で思ったから来たと、そう思っておられるでしょう。それはそのとおりです。しかし、「行ってみなさい」と貴方の背後で貴方にささやいた声があったかもしれません。また、貴方が行こうかと思う気持ちへ、「それ行け、やれ行け」と背後からけしかけた声があったかもしれません。いずれにしろ、そうして貴方は行く気になったし、また矢も楯もたまらず行く気持ちにさせられたのです。その背後からの声が霊です。もちろん、貴方にはその霊の姿は見えず、外部からの声として聞こえはしません。しかし、貴方の内部からの気持ちとしてそれは作用するのです。人の気持ちや意志はこうして作られます。人の思想とは霊との合成物です。ただし、その人にささやく霊と波長を合わせる要素(波長とは心の浄化程度のこと)がなければ、通じませんから無関係です。通じるなら、その霊の声が自分の気持ち、自分の意志となります。ですから、人はどんな霊にとり囲まれて生きているか、どんな霊といつも交流し合って生きているかが大切なのです。
 もし、その人の魂が濁っていれば、その濁った波長に引き寄せられて、地獄霊の集団が集まり、その人は地獄霊と交流ばかりしています。それはその人の魂が地獄にあって生きているのと同じことです。ですから、その人の心はいつも邪悪であり、運命は地獄霊にほんろうされてろくなことはありません。また、ある人は魂が中途半端の浄化なので、多く幽界霊が集まり、それらの霊とつきあっていますので、その人は幽界に住んでいるのと同じことで、そのため浮き沈みが多く、これといった人生の芽が出ないのです。またある人は、守護霊に通じ、守護霊とかかわりのある善霊に囲まれているから、この人は霊界に住んでいるのと同じで、だから何事もとんとん拍子に事が運ぶのです。
 人の人生の大様は、その人の魂がいま他界のどこに住んでいるかで左右されます。ですから、自分がそのどこに住んでいるかを見きわめることは大切です。もし住んでいるところが悪ければ、どうしたってうだつは上がらないから、早く肚(はら)をきめてそこから出る工夫が肝心です。
 いいえ、他界とは、そこに在るここに在るという、地理的場所ではないのです。魂のあるところ、つまり心があるところ同気ひき合って成立する状態です。ですから、この大地に浸透してあるともいえるし、空間にあるともいえるし、結局、死者も生者も魂である限り、一緒に住んでいると言ってもいいのです。ただ、肉体を持つ側からは、それが見えないし触れられない、それだけのことです。
 ですから、私達は生前から、ある人は霊界に、ある者は幽界に、または地獄に住んでいるわけです。それに困ったことには、もし生前その人が地獄に住んでいたら地獄へ、幽界なら幽界へ、霊界なら霊界へと、死後平行移動するのです。このことは狂いがありません。ですから、今自分がどこの境域に住んでいるかは、現世での自分の幸不幸や運命展開のキーポイントであるだけでなく、また死後に自分が入る世界の決め手となります。もし地獄にでもおちたら大変です。今のうちならまだ間に合います。良い方へと住み換えることです。
 ところが、なかには悠長な方もいて、「最期の一念」「最期の十念」とかいうことがある、急(せ)くことはないと言うのです。たしかに宗教ではそういうことを教えます。最期の一念とは、死に際の懺悔、罪の告白のことです。最期の十念とは、同じく死の床で念仏を十回唱えることです。そうすれば、必ず天国や極楽へ往生するというのです。これなら急ぐことはありません、人生を最後の一瞬にかければいいのですから。
 しかし、これほど人を馬鹿にした不合理な教えがあるでしょうか。これがもし本当なら、あの世に地獄も幽界も不要です。最後の一瞬に皆が「一念」か「十念」かのどちらかをやりさえすれば、すべて救われて天国と極楽に入るのですから。もうあの世には、一人の地獄霊も幽界霊もいません。したがって、現界でそれらにたぶらかされる人間もなくなるから、この現実の世界は天国となります。
 ただ、割りに合わないのは、苦しくても歯を食いしばって正直に生きてきた人達です。得をするのはずる賢く立ち回った連中だけです。
 もちろん、懺悔や念仏がホンモノの心からのものであるなら、それはそれで効果はあります。しかし、それで地獄におちるべき者がおちなかったり、幽界に入るべき者が霊界に入ることはありません。ただ、地獄に入っても、幽界へ上る手がかりを彼は得ました、幽界に入っても、霊界へ上る手がかりを彼はつけました。罪を悔いても、彼が人に与えた傷や損害が償われたわけではありません。傷を、損害を受けた人は、受け損ですか、やられ損ですか。
 罪を心で反省することは一番やさしい。その反省を相手の前に出て告白することはもっと難しい。相手の損失を償ってあげることは最も難しい。本当の罪の償いとは最後の損失の償いまでも含むものです。これが最期の一念で出来ますか。まして、十回の念仏でこのことが出来ますか。もし、そんな功徳? のある念仏を神か仏が発明されたのなら、その神か仏はまがいものです。
 ですから、今、自分がどこの境域に住んでいるかは、自分の行為と言葉と思いの三つが生んだものです。もし、その境域を一つ上のものに変えようとするなら、やはり自分の現世での、思いと言葉と行為の三つによって変えねばなりません。すなわち、自分の生活のありよういかんで、現世での自分の魂の住む場所が決まり、それに応じて幸不幸が展開し、死後はその同じ世界へ平行移動します。


ビデオ会に参加された方々からいただいた感想の一部をご紹介

 

●金沢ビデオ会のアンケートより
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◆死後にはいろいろな段階があって分けられるという事が分かった。

生き方によって変わってくるというので、生き方を選んでよりよく生きないといけないと思った。
又、人のせいにしてはいけないという事も分かった。
人生によって、死後が決まるし、霊魂も存在すると思うので奥が深く神秘な事だと思った。
又、本やCDで学んでみたいと思った。

◆所謂あの世は、現生(世)とあまり違わない。
現在、今生きている時から、精神的精進が必要な事。
愛、思いやり、奉仕の実践の大切さ。
難題は、乗り越えられるから現れている…という事。
この言葉で目がパッと開きました。
大切な事を沢山お話しして下さったと思います。愛を持って接すれば、世界が変わる!!
ちょっと眠気に襲われましたが、来て良かったです。
有難うございました。
―他人のせいにしない…。原因は自分の中にある…!!良い想いは、良い状況を呼ぶ!! スゴイ!!

☆自分は、時々肉の世界、時々幽界行ったり来たり…という所でしょうか…。(これは現生(世)ですから=死後も…?!)

◆自分の行為、言葉、思いが今の自分を作り、死後の世界を決めるということは学んでいましたが、そこには人は霊であること、因果の法があること等のはっきりとした法則が働いているとしっかり学ぶことは、本当に大切だと思いました。
現実生活では迷いが出ることも多く、悩むこともあります。このような視点で考えると、とても分かりやすく考えていけると再認識しました。常に原点に戻り学ぶ必要があると思いました。桑原先生の曇りのない言葉に心から感謝いたします。

◆自分がどのような世界で生きているのか、ということにいままで向き合ったことがなかったなぁと思い至りました。
「愛」とか「奉仕」というと、貴い言葉で、自分とはあまり縁がないように感じていましたが、改めて考えるきっかけができたように思います。100%は難しいかも知れませんが、恥ずかしくない生き方ができれば幸せなのかなぁと感じました。

◆山波先生の初めの言葉から自分の住んでいる現実の肉体生活も、それぞれ見えない世界の霊魂と感応し合って生きているので、あの世もこの世も同じと言われ、えーっと思ってしまいました。
●心に響いた事は、何事も人のせいにしないこと。
●人にお返し、奉仕することは、自分の本物の愛で相手の人も神様にするということでした。

◆本物の奉仕はむずかしいですね。
久々に桑原先生のお話をお聞きして改めて自分をみつめ直す事ができました。
少しでも奉仕ができるよう努力したいと思います。
努力ではだめで心からそう思える人になりたいです。

●福岡

◆今更ながら、改めて考えさせられる事が多く大変わかりやすい内容でしたが、わかりやすい事だからかえって難しい事が多いようにも思いました。全ては自己責任と言う事でしたが、その原因は自分にある。特に幽体に刻み込まれた全ての記憶によると言う非常にわかりやすいメカニズムの説明があり、これが根元だと改めて感じました。全ては宇宙の進化の為に魂を進化させる事を根幹に置き自分の行動をじっくりと考えて行きたいと思いました。死後は存在しないと言う人も、このビデオを見ると魂に響き目が覚めると思いました。やはり多くの人に見てもらいたいビデオだと思いました。

◆本日は初めて参加させて頂きました。
とても興味深いお話で時間が経つのが早く感じた程です。
霊の世界がある事は信じているので納得できる内容の話もありました。特に心に残ったお話は、「人は神様という事。何事も人のせいにしない。自己責任を知る。」という点です。
過去(前世も含めて)が現在の自分を作っているのだから人のせいではないのだ。自分で選んで神界から許されて再生しているのだから持った運命・境遇は克服できるという事。
このお話は勇気が出ました。
これからも優しい心を持って家族に接して、家族にも善い事がおこっていく事を願いたいです。物質的な幸福ではなく心のこもった奉仕で真の幸せを願っています。

◆奉仕の話、とてもわかりやすかったです。最近、落ち込む事が続いていましたので、力がつきました。
悪の言、行、想も今まで沢山失敗してます。でも、消していける、返していけると分かり、少し、うれしく思い勇気になりました。うまく言葉になりませんが、勉強になりました。先生、ありがとうございます。

●名古屋

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◆「人のせいにしない」という先生のお言葉にハッとしました。お友達4人で会って話し合っていた事柄だったので…。

◆お話の1つ1つがこれまでの、そして現在の自分の状況に当てはまり、自分の言動が作った自分の人生なので、反省と受け止め方を考えて生きて行きたいと思います。

◆人間には霊があり、死んでからも進歩するとは考えたことはなかったです。
お話は理解するまではいきませんでしたが、愛と奉仕を心にきざみました。
今の生活のなかでは家族に奉仕しているつもりでしたが、感謝の言葉もないので淋しく思っていましたが、これではいけないと反省しました。感謝を求めているというのは、真実のものではないと心にささり反省です。

◆今日、最も心に響いたことは「ニセの奉仕は世を害する」と先生がおっしゃったことです。にせものの奉仕をしていくと、相手の人をずるい怠けものにしたりして、果ては他力依存の弱い人にしてしまうとのこと。私の実体験上も全くそうで、この数年やっと気づき、反省していましたが、今日のDVDの先生のお言葉ではっきりわかりました。私のやってきた奉仕は、相手の肉体生活の維持を助けるだけのもので、相手の生きる力をうばい、相手の魂の目をふさいでしまうものだったとよくわかりました。大反省です。今日からは、何としても相手の魂の目を開く奉仕が出来るようになりたいです。

●鎌倉

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◆本日は有難うございました。
聖書を人生の指針としております。
桑原先生のスピリチュアルの世界からの具体的な生活態度、方法についての講話はよくわかりました。
実践してゆきたいと思います。
有難うございました。

◆日々の進歩を願いますが我の進歩の願いがまだまだ強いことに気づかせて頂きました。世の為人の為の進歩を願い日々自分の努力をしたいと思います。
因果律すごく納得しました。自分の弱さを痛感します。
努力をして強くなり世の為、人の為に生きたいです。

◆本当にそうだと思いました。
もっともっと小さいころにそのような疑問を抱いていたので、小中学生で知りたかったですね。遅いこともないと思うのでよかったです。

◆初めて参加させていただきました。
ありがとうございました。
「ニセのホウシは世を害する」
今、私の心が困っています。一生懸命やっているな、と自分では思っても本当のところどうだろう。どうもちがった心が働いているのではないか、と思えるからです。
落ち着いて、1つ1つ大切に心をこめて参加していきたいな、と今日参加させていただき気が付きました。
大切な時をいただきました。
ありがとうございます。

●大阪

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◆本当に”宗教”とは、人間の進歩を教えてくれないものなのでしょうか。信仰として外の神に意識を向けることは、そういうものなのかもしれませんが本当の”宗教”とは”宇宙が示す教え”自分と向き合い観つめる事で”私”を”神”とするものです。”奉仕”に対する良い事、悪い事の定義も、まずは自分を観つめる事で正しい判断ができるのではないかと思いました。
『自分の霊位を高める行為』という奉仕の仕方では、本当の愛は生まれず、方向性を見失うので気をつけたいと思います。

◆私自身は仏教ですが、高校はカトリックの学校で、”いやなことは私が”という校訓を思い出していました。どんなことも素直に受け止め行動することで感謝の気持ちがあふれ出し、魂も進歩していくということにあらためて気づかされました。
”人のせいにせず”自分の責任を意識して、家族、周囲の人に奉仕をして行きたいと思いました。
約束をして、この地上にうまれてきたことを思い出し、人が喜んでもらえるように、世の中の人のために、残りの人生、貢献して行きたいと感じました。
多くの気づきをありがとうございました。

◆本日は、とても充実した内容のビデオを観せていただきありがとうございました。
以前、「全て自分の責任」というのを聞いたことがありますが、その時は殺されても?理不尽な目にあっても? と納得できませんでしたが、今回腑に落ちました。
出来ることから奉仕をしていきたいと思います。

◆日頃は仕事に追われていて超多忙な毎日です。損か得か、利益追求と人や他社に負けるものかとばかりで生きているのが現状です。
今日のビデオのお話をきいて、奉仕とか愛とか魂のお話をきかせていただき、心が少し洗われる気がしました。
忙しい中でも一日一日をふりかえる時間を少しもってゆければと思いました。
ほんの短時間でも心が浄化される気がしました。ありがとうございました。

●広島

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◆因果の法についての真実をとてもわかりやすく説明して下さっていてとても勉強になりました。イエスと病人の話のその解釈、洞察はとても感動した部分です。

◆今日はありがとうございました。心に残った事は、「一人では進歩できない。人様が居るから進歩できる」という言葉でした。「人のせいにしない」ことが根本だと改めて気付かされました。肉体があると、衣食住にこだわってしまい、利己的に流れやすく、大変です。すべての人が神になる時、ほんとうにすばらしいと思います。気持ちを強く進みたいと思います。

◆奉仕をしたら世の中が変わっていく。おはよう、食事を作る、思い、が愛の心から出たら愛と奉仕。まずは、身内の人に奉仕をしていく事が一番印象に残りました。夫、兄弟に奉仕を行うことが今一番自分に出来る事と思いました。いたわる事、言葉をかけるなど。ニセの奉仕は世の中をダメにする、なまけものになる。

◆印象に一番残っているのは幽体が記録コンピューターになっている事。これを肝に銘じているといないとでは行動が変わってくると思います。人間普段は都合の悪い事は忘れているもので、何かあるごとに自己の行動(悪行動)を否定するもので、原因を外に求めがちです。しかし、全て自分が記憶しているとなれば否定は出来ないと思います。人のせいにしないと言う事は全ての争いを起こさない砦だと思います。

◆感想をアンケートに書いたら、なんか忘れてしまったけど!本当は宗教じゃないってことが解った!奉仕は、家族にして行くことから。奉仕の中に邪念があったらダメ、奉仕が家族に出来るって、する本人が奉仕する余裕や、人間が出来ていないと無理?なんじゃないかと感じた!話はうなずけても、なかなか実行するのは難しい。自分がやってあげたんだから、やってもらいたいって、普通は思うけど、それを思わないでしてあげることが奉仕に繋がるんだろうか?何となく頭でわかりつつ。文書にするのは難しい、恥ずかしながら、半分寝ていたから、感想はこの程度です、お願いいたします。

●盛岡

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◆大変な、おどろき、反省しきりです。
記録コンピューターは過去の全てを記録していると言ってましたが、生前までもと言われて、二度ビックリです。
幽界の人から霊界の人になるためには「何があっても人のせいにしない」全て自己責任と言われ、今の私にはまったくできていないと思いました。
自分に起こった事は、全て意味があるとすれば1日1日をその日の事を反省しなければならないと思いました。
今世、私が生まれて60年間の出来事にすべて意味があったと思った時、過去の記憶がよみがえりました。

◆今回初めてネオ・スピリチュアルに参加しました。大変勉強になりました。特に印象に残っていることと新たに得た知見は、私たちが日常生活において霊魂と接していて、霊界から多大に影響を受けていること。それからマイヤースによると霊界、幽界、肉の地獄の3つの界が死後にあること。幽体は記録媒体であること。人間は神の助手であり、この世の全てを神にすること。など、たくさん学ぶことができました。
自分が現在、どの境域にいるのか自覚することができました。これから意識を高く持ちたいと思います。

◆桑原氏の言葉を聞いて、自分が今まで行ってきた態度・行動・考えがいかにおろかであったか思い知りました。魂の進歩向上を目指すには奉仕が重要だということを学び、真の愛を持って奉仕を行っていきたいです。また、自分が今進むべき道が見えてきたように思いました。本日はありがとうございました。

◆死後、自分がどこの世界に入るのか、今日ビデオを見るまでは少しこわい感じがしたのですが今からでもそれは(自分の入る世界)を変えられるということがわかり、これからの自分の生活を変えていかなければいけないと思いました。
また、自分の行動で他の方の入る世界も変えることができるということがわかり、”愛と奉仕”を実行していかなければいけないと思いました。
とても良いビデオ会でした。

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